2026年1月30日
プリンティングディレクション

【YBP第二弾】野口里佳さん写真集『虹』 制作のウラ側

2025年11月15日、YAMADA Book Publishing 第二弾タイトルとして、写真家・野口里佳さんの写真集『虹』を刊行しました。

弊社が野口さんの作品に携わるのは、『創造の記録』(2017年、roshin books)以来になります。その時、プリンティングディレクションを担当していたのが故・熊倉桂三PD。熊倉PDが長年思い描いていた出版事業が新たに動き出したこのタイミングで、野口さんの写真集を出版できたことに、不思議なご縁を感じます。

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『虹』の印刷立会いが行われた10月、デザイナー林琢真様、制作協力の斉藤篤様(roshin books)がご来社されました。

今回、『虹』のブックデザインを担当された林さんは、おおよそ20年前に所属していた中島デザインに入ってすぐの頃から、中島英樹氏のもとで野口さんを担当されていたとのこと。中島デザインを卒業した後も、継続して野口さんの活動をお手伝いされているそうです。

野口里佳さん、林さん(打ち合わせ時の様子)

今回のブックデザインにあたっては、野口さんが「デザイナーは林さんがいい」と指名されたと伺いました。

林さん:お声がけいただいてとても嬉しかったです。一方で、師である中島さんが手がけられたこれまでの野口さんの写真集を知っていることから、緊張感や使命感などいろんな想いが込み上げました。

積み重ねてきた信頼の上で生まれた『虹』のブックデザインは、細部まで丁寧に向き合う姿勢によって形づくられています。プリンティングディレクターの西谷内PD、担当営業澤崎も交え、『虹』の制作のウラ側について教えていただきました。

写真の力と造本設計

淡い青色の空と砂丘のコントラストを背景に、パラグライダーに興じる人たちを捉えた作品

当初は、テーマを一つに絞らず新作や過去作品などを組み合わせて構成するというお話もあったそうですが、話し合いを重ね、最終的には「虹」の13作品に絞られました。
ただ、写真点数が少ない分、写真集としてどういう風に厚みを持たせるかというのが課題だったと語る林さん。そこはどうやってクリアしたのでしょうか?

林さん:造本の設計に関係してきますが、ページ数が少ない写真集であっても、本としての立体感を感じる世界観をめざしました。
野口さんの写真は1枚1枚にすごく力があるので、それが13点のシリーズという時点でもちろん十分なんですが、本という形式に落とし込んだ状態であっても、展示空間で作品を見るときのように、 “1枚の写真に対する滞在時間を長くする方法” を見つけ出すことが最大のテーマだと捉えました。
そこで、それを叶える手段として袋綴じという仕様を取り入れました。
それは、写真の中のモチーフでもあるパラグライダーのふわっとした空気感を取り入れると同時に、1枚目と2枚目の間に時間制が生まれます。さらに、繊細な写真に対して裏写りの影響を防ぐ効果と、束幅のボリュームを増す効果にもつながりました。

空気感のある美しい造本

仕様は袋綴じ上製本。斉藤さんは「13点という少ない写真点数で成立している上製本の本ってかっこいいよね、と話していました」と教えてくださいました。

林さん:写真に強度があれば本として十分に成立することを経験できました。これまで、13点という極端に少ない点数で写真集を作ったことがなかったので、どのような世界観で成立させることができるか不安がありましたが、スタディの時点でそれは十分に成立していることを確認できました。やはり写真が持つ力の問題なんだと感じた瞬間に、その力に嫉妬したことを覚えています。

サイズも、A4とB4のアイデアがあったとのこと。最終的にA4にした決め手は、どのような点だったのでしょうか。

林さん:物感を強めるためには、サイズを大きくするというのがセオリーのうちの一つとしてあると思います。そのことを考慮して、幾つかの本文サイズをスタディすることから始めました。その作業のなかで野口さんが、この写真に対してあまり大きいイメージを持っていないとおっしゃったんです。「大きな風景から小さく切り取っているから」という解釈はとても野口さんらしく、モノの見方の幅広さを感じました。
写真に対する四方の余白の取り方も、野口さん・斉藤さんを交え何度も何度も検証しました。余白のバランスが野口さんにとって非常に重要なポイントで、 決定したA4サイズの紙面の中においても写真の見え方を繰り返し検証し、理想的な見え方に辿り着きました。

必然のアラベール

ヴァンヌーボとエアラスのテスト校正

袋綴じの際、硬い紙を使うとエッジが割れて綺麗な仕上がりにならないため、本文には風合いも柔らかいアラベールという紙を使用しています。
アラベール以外にも候補として、ヴァンヌーボ V-FS のホワイト、エアラスのスーパーホワイトがあり、3パターンでテストしています。

林さん:ヴァンヌーボはさすがの再現性でしたが、4色印刷には1番不向きであろう、アラベールが選ばれていることが、この本を象る重要な要素になっています。
3パターンの候補紙からアラベールに決まったのは、野口さんも交えた現物校正の場でした。野口さんは、3パターンの校正を見て、迷わずアラベールを選ばれました。紙の風合いや白色度との関連性や、袋とじの空気感など、いろんな要素を含めて、虹の作品だからこその必然的な選択になったのだと思います。

営業の澤崎曰く「アラベールは元々和紙をターゲットに作られた紙で、袋綴じの起源も「両面印刷ができない和紙で本を作るため」の技法にあります。その意味で、アラベールで袋綴じすることには自然なつながりを感じます」とのこと。

林さん:そうですね、印刷立会いをしているなかで、下に刷り出し紙が重なっているかいないかで全然見え方が変わるような、本当に微妙なパーセンテージのインキ量なのを目の当たりにして、その影響が無い、印刷の裏写りが無い状態を作れたことは、必然的な結果だと思います。

1%単位での緻密な画像調整

指示が細かく書き込まれた校正色見本

林さんが触れられた通り、一般的に、アラベールは印刷時のコントロールが非常に難しい紙とされています。特に今回のように、全体の色のバランスを要求される写真集においては非常に難易度の高い挑戦となりましたが、製版の設計段階から1%単位で緻密な画像調整を行い、野口さんの世界観を紙面に表現することができました。

林さん:色分解していただいた製版データの見た目がすごく軽くて、一瞬戸惑いました。実際の作品と比較すると、一見濃度が解離しているように見える。それぐらいのもので製版しないと再現できないんだなって、そこに驚きました。印刷でも0.5%の調整であれだけ色が動くっていう、この繊細さがすごいですよね。

西谷内PD:刷っていくとだんだん網点が潰れていくんですが、その影響でも少しずつ色が変わっていくくらい、すごく繊細な写真です。今回刷るのは1000部ですが、色が変わるか変わらないかのギリギリのライン。繊細な絵柄なので、線数も普段は175線のところ、今回は200線で刷っています。

林さん:製版や印刷技術次第で、アラベールでもこんなに彩度が出るということにも驚きました。それと、プリントをスキャンすると、実物よりもコントラストや彩度が強めに出てしまいがちですが、あの初稿の軽さは素晴らしい。
初校が良かったことにもすごく助けられました。製版が上手という話にもつながると思うんですけど、初校を見て、本当に安心しました。

印刷会社発のレーベルの使命

1台目の印刷立会いの様子

印刷の方向性を決める1台目は時間を要しましたが、林さん・斉藤さん・西谷内PDと印刷オペレーターとが感覚を共有できたことで、2台目からはほぼ滞りなく進行しました。
1台目、PDとしてはどうでしたか?

西谷内PD:校正の時からずっと言っているんですが、難しかったです。少しのことでバランスが崩れてしまう写真なので。画像の数値自体は全て合わせてありますが、数値を合わせても赤く見えたりすることもあるので、1〜2%の範囲で微調整をしています。あとは印刷立会いで、実際に印刷機の前で見ながら決めようと。

林さん:レーベルを立ち上げて、写真集としての最初の一冊に野口さんの作品を扱うことに、大きな意味があると感じています。印刷会社である山田写真製版所発のレーベルとしては、印刷の技術を表現することも使命だと思います。だからこそ、簡単な印刷で再現できるような写真ではなく、すごく繊細な写真を美しく再現する挑戦に大きな意味があるなと、今日の立会いで感じました。

本業である印刷の強みを活かしたいと考える私たちにとって、その核心に触れるようなお言葉をいただけたことは、大きな励みです。これまで培ってきた技術と感性を、作品の魅力をより深く引き出す力としてお届けしたい。その思いを、今回あらためて強く確かめることができました。

“虹の世界” を表現した特装版

装丁や、特装版の仕様についてもお話を伺いました。

林さん:表紙の題箋貼りは、本文の一番最初に現れる写真を、同じ位置に、同じ大きさでレイアウトしたデザインです。

左から写真集本体、フォルダ、スリーブ。
スリーブは、職人が1点1点手作業で仕上げた、継ぎ目のない作り

林さん:3つのアイテムを色とタイポグラフィでつなげました。ドローイングのタイトルの、「虹はいきもの」を、写真集の表紙のデザインをベースに、「虹」にドローイングのタイトルの「はいきもの」を付け加えたデザインです。僕の中で気に入っているデザインポイントです。

特装版はスリーブに収まっています。写真集本体は淡い黄色、特典のドローイングを入れるフォルダは水色、そのセットが、ピンクのスリーブに入ります。

林さん:写真集は砂から、フォルダは空、スリーブはパラグライダーの赤から抽出しています。また、これらの3色には「虹の世界」を表現したいという想いを含めています。
スリーブはしっかりした厚みがあり、繋ぎ目も全くありませんが、断面だけは白。
スリーブの断面もピンクで巻き込むのが通常ですが、構造的な理由で白がどうしても出てしまう、ということでした。でもそこは色数が増えるということと、3色を引き立てる要素になるとしてプラスに捉えています。虹の色ってビビットですけど、野口さんの世界に落とし込むと、これくらい淡くなるのかなと思っています。

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ページを開くたび、紙がふわりと膨らむように動き、そのやわらかな起伏が、どこかパラシュートのような空気感を思わせます。光の入り方や見る角度によって生まれる揺らぎが、写真に静かな息づかいを加えていく──『虹』は、こうした繊細な変化をそのまま感じられる写真集です。

テーブルに置き、1ページ1ページをゆっくりめくりながらでしか味わえない感覚があります。その特別な体験を、多くの方に楽しんでいただければ幸いです。


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